最強のお酒「白波ハイボール」
突然だが、ぼくはめちゃくちゃにお酒が弱い。どれくらいかというと、ビール中ジョッキ2杯で二日酔いになったことがあるほどである。
なのにお酒を飲んでしまいます(しかもめちゃくちゃ度数高いやつ)お馬鹿ここに極まれり。
全ては嫌なことを忘れるためなのだけど……
こんな感じ
それにしてもストロング酎ハイのあの後味の苦さ、どうにかならないかなぁ……。
最初の一口は美味しいんだけど、飲んでるうちに絶望の味がして飲み終える頃には工場廃液飲んでいるような苦しみさえ覚える。
苦しみから逃れるために苦しみに飛び込まなきゃいけないなんて……。
しんどい仕事をヒーコラヒーコラ頑張って、ようやく手にした給料を安酒と風俗とカードゲームに消費する。
彼女なんて出来る訳もなく、ムダ毛は日々増えていき、自律神経はどんどん破綻していく。
なんなんだこの人生は
そんな絶望しかないこの現代社会と戦っていたある日のことである。
その日仕事を終え、ぼくは酒のツマミを買いにファミマへ寄った。
グラゼニを立ち読みした後に(パリーグ編から読んでる)、ポテトチップスと男梅の干し梅のヤツ(なんか食べたくなった)を購入。家には帰省の時親父からもらったプレミアムモルツがあるし酒はいいかなとそのままレジを通す。
「お、お兄ちゃんツイてるねぇ〜!」
夜勤のオッチャンが一言。
自分はてっきりお釣りが700円ぴったりだったことを言ったのかと思って「歯並びガッタガタなのに優しい人だなぁ」としかその時は思っていなかった。
「ほら!タダ券出て来たからお酒持っておいで!」
レシートを見るとその端っこに白波ハイボールの無料引換券が。
今日はお酒を買ってなかったし、そして何よりタダだったってのもありぼくはすぐに交換してもらった。
「お兄ちゃんハイボールくらい飲めるよな?」
「はい大丈夫っす」
嘘をついた。何が大丈夫なのだろうか。ハイボールなんて飲んだ事なんてないのに。適当なことを言うんじゃない。適当なのは自分の顔面だけにしてくれ。恥ずかしい。
程なくして帰宅し、ようやく晩酌。
思えば始めて酒の味を覚えた20から新しい酒を試したことがない。
あの時色々飲んで、結局飲めるお酒がビール、酎ハイ、芋焼酎の3種類だけに絞られ、以降それしか飲んでない。
新しいお酒を試すのは約4年ぶりである。マズかったらどうしよう。正直めちゃくちゃ怖かった。初めてナマコを食べた人って多分同じこと考えてたんだろうなぁ。
ドキドキしながら栓を開け、缶の中に満たされている未知の液体を口に流し込んだ。
(なんだこれ……!?)
口からノドにかけて走り抜ける清涼感、そしてその後から追うように鼻へと伝わる心地よい芋の香り。めちゃんこ美味かった。
(これって、あの時の……)
瞬間、一つの思い出がぼくの頭を過ぎった。
〜〜〜
–––中学3年、受験生のある日
その日も放課後図書室で受験勉強をしていた。夏休み前の暑い時期だったのを覚えている。
「あ、今日もいる〜」
声がした方を振り向くと、図書準備室の陰から意地悪そうに笑っているのが見えた。肌は健康的に焼けていて、うなじのところで切りそろえられた髪が、夕陽に照らされて紅く煌めいていた。
「ひー君いつも飽きないねぇ。そんなに勉強好きなの?」
そう言いながら彼女は、机に広げられた参考書を覗き込んだ。
彼女だけがぼくのことをいつも「ひー君」と呼ぶ。最初の頃こそ、こっちが先輩なのだからそれなりの呼び方をするよう注意したが、今ではそれもどうでも良くなっていた。
「受験生なのに、勉強に飽きるも何もないよ」
そう答えた。そう答えるしかなかった。
毎日毎日学校が終わると塾へ走り、それが無ければこうやって残って図書室で勉強。
この時間に図書室に残っているのは自分一人だけだった。だから自習の場所をこの場所に選んだ。そのはずなのに……。
「初めて見たときからずーっとそれだよね?」
6月の真ん中だっただろうか、中間テストの終わり頃から、彼女はこの図書室に来るようになった。
ただ、彼女が来たからといって何かある訳ではなかった。邪魔してくることもなければ、手助けしてくれることもなく、ずっとそこに居て、気づけば居なくなっている。そんな事を繰り返しているお陰で、ぼくは彼女が何故ここに居るか知らなかったし、その上彼女の名前すら分からなかった。名札には「1-2 日向」と書いているが、それ以上の情報は何一つ知らなかった。知ろうとしないのだから当然のことではあるのだが……。
しかし今日は珍しく話しかけてくる。なんとも言えない奇妙な感覚を覚えた。
彼女が6人がけの机の向かい側に座ると、ほんのり甘い香りがした。
なんでこんなに広いのに自分の目の前に座るのか?そんな事を考えたその時だった。
「楽しいの?」
彼女の猫みたいな鋭い瞳が、すっと細くなる。言葉の意味を、その表情で純粋に現しているかのようだった。
「………」
なんであの時、「楽しい訳ないだろ!」と言い返せなかったのだろうか?
彼女の黒猫みたいなその表情と、透き通ったその言葉が、耳を通り、脳ミソをかき混ぜ、ぼくを思慮の暗闇へと堕としていくような感覚を覚えた。
高校に受かりたい。けど点数は足りてない。勉強しなければならない。でも時間は限られている。もう夏だ。クラスの順位は高くてもまだ足りない。不安だ。まだ詰められる。まだできる。焦り。焦る。
なんで勉強してるんだ?誰のために?親のため?学歴のため?
「わからない……」
怖くなった。
受験生なのだから勉強するのは当たり前。そのはずなのに、彼女の暗く美しい双眸を見ていると、この行為に何の意味があるのか、訳が分からなくなっていった。机の上の参考書も、彼女の顔も、窓の外に映る夕陽も、暗闇に溶けたように見えなくなっていった。
「ひー君、怖いよ……?」
彼女の声に、ふと我に帰った。怯える子猫のように肩を縮ませてこっちの様子を伺っていた。
彼女が、ぼくの考えていたことに気づいて怯えていたのか、ぼくの険しい表情を見て驚いたのか、それは今となってはわからない。しかし、その時のぼくは「意外と表情に出やすい子なんだな」とぼんやり考えていた。
「怖いなら、忘れようよ?」
彼女はまた、さっき見せたようなイタズラっぽい笑顔になった。そして、脇にあった補助バッグから何かを取り出した。それを見た瞬間、ぼくは面喰らってしまった。
「それはまずいって!」
彼女の手に握られていたのは、炭酸飲料のペットボトルだった。何で彼女がそんなものを持っていたかはわからないが、少なくとも学校に持って来てはいけないものだということはぼくにも分かった。
「いいじゃん。美味しいし。」
彼女は悪びれる様子もなくニコニコしながら栓を開ける。
プシュ、と爽やかな音が耳に伝わる。
彼女はそのままペットボトルを口に当て、ごく、ごくと流し込んだ。
3口ほど飲んだところで口を離し、ボトルをぼくへ差し出した。
「いやいや、飲む訳にはいかないって!」
ぼくは首を振りボトルを突き返した。当然だ。受験生の身で校則を犯すものなら、今までの苦労はたちまち水の泡である。彼女はどこまで自由なんだ。純粋な恐怖をただ覚えた。
「えー?」
彼女の顔に「一体何が不満なんだろう」と書いてあった。ぼくの顔には「何でそれで満足すると思ったんだ」と書いていたに違いない。
「しょうがないなぁ」
ため息をつきながら、彼女はまたボトルに口をつけた。てっきり飲み干すと思ったその時だった。
チュッ
彼女の柔らかな唇がぼくの唇に重なり、その間からしゅわしゅわしたものが流れてきた。
それは甘くて、少し苦くて、そして生温い。
そのはずなのに、それを飲み込むと口の中から喉にかけて、すっきりとした涼しさが広がっていった。
ほんの一瞬の筈だったのに、何故か、一生続くんじゃないかって位、永遠に感じた。
「そんなカオしちゃ、ダメだよ」
去り際の彼女の顔は、夕陽の陰に隠されていた。
それが彼女との最後の記憶だった–––
〜〜〜
あの時の感じと似ているなぁ。そんな事をぼんやり思い出した。
結局彼女のことは何も分からず、クラスの子に聞いてみても「セフレと夜逃げした」「地元の悪い連中に目をつけられていた」等と根も葉もない噂ばかり流れていた。先生に聞いてみても「君みたいな真面目な子は関わらない方がいい」と言い、後は教えてくれなかった。先生がそう言うということはそういうことなんだろう。
青春時代の甘くて苦い思い出。大人の飲むお酒の筈なのに、それを思い出させてくれるような味だった……。
感がいい人は気づいていると思うが、全部嘘である。一度だけでなく二度も嘘をついた。こいつは虚言しか吐けないのだろうか。何がひー君だ気持ち悪い。そんなんだからいつまで経っても風俗狂いなんだ。
ストロングゼロ文学改め白波ハイボール文学である。脳が芋焼酎に犯されているのではないだろうか。
記憶が改ざんされてしまうほどの美味しさ「白波ハイボール」皆さんも是非飲んでみてはいかがだろうか。
〜完〜